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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)1055号 判決 1972年11月16日

上告人

加賀谷堅蔵

右訴訟代理人

中村潤吉

被上告人

国久博之

右訴訟代理人

大沢三郎

主文

原判決を破棄する。

第一審判決を次のとおり変更する。

上告人は、被上告人に対し訴外斎藤正雄から金三四五万円の支払を受けるのと引換えに第一審判決添付別紙目録記載の建物を明け渡せ。

被上告人のその余の請求を棄却する。

訴訟の総費用はこれを二分し、その一を被上告人の、その余を上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村潤吉の上告理由について。

第一審判決添付別紙目録記載の建物(以下、本件建物という。)は、その敷地(以下、本件土地という。)とともに、もと上告人と訴外加賀谷ヨシ子の共有であつたが、右両名は、昭和四三年七月二〇日、これを代金六八〇万円で訴外斎藤正雄に売り渡したこと、右代金の支払方法としては、うち金四〇万円は本件土地建物の所有権移転登記と同時に支払い、うち金一一〇万円は同年八月一〇日限り支払い、うち金一八五万円については上告人の盛岡信用金庫に対する金一三五万円の債務および秋田相互銀行に対する金五〇万円の債務をいずれも免責的に引き受けて支払う約であり、残金三四五万円については、金員の支払に代えて、右斎藤において他に土地(以下、提供土地という。)を購入して建物(以下、提供建物という。)を新築し、これを上告人に譲渡することとし、本件土地建物の明渡は右提供土地建物の引渡と同時におそくとも同年一一月三〇日までにすることを約したが、斎藤はいまだ提供土地建物を上告人に譲渡する義務を履行していないこと、被上告人は、昭和四四年二月一九日、斎藤の代理人小笠原勝雄に対し金三四八万円を貸与し、その担保のため、本件土地建物を目的として抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したが、斎藤は右借受金を所定の期限に弁済しなかつたため、被上告人は、右代物弁済契約により同年三月一一日本件土地建物の所有権を取得し、同月一三日その旨の所有権移転登記を経由したこと、上告人が現に本件建物を占有していること、以上の事実は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が適法に確定しているところである。

そして、原審は、右認定事実のもとにおいて、買主である斎藤によつていまだ履行されていないのは残代金三四五万円の支払に代わる提供土地建物の引渡義務であり、売主である上告人は、売買の目的物の残代金債権を有するものではなく、売買の目的物とは無関係な提供土地建物の引渡請求権を有するのであつて、右引渡請求権をもつて被上告人に対抗することはできないから、これと売買の目的物である本件土地建物との間には留置権発生の要件たる牽連関係はないと判示して、上告人主張の留置権の抗弁を排斥しているのである。

しかしながら、原審の右判断は首肯することができない。原審は、右確定事実のもとでは、売主である上告人は売買の目的物の残代金債権を有しないというが、右確定事実によれば、残代金三四五万円については、その支払に代えて提供土地建物を上告人に譲渡する旨の代物弁済の予約がなされたものと解するのが相当であり、したがつて、その予約が完結されて提供土地建物の所有権が上告人に移転し、その対抗要件が具備されるまで、原則として、残代金債権は消滅しないで残存するものと解すべきところ(最高裁昭和三九年(オ)第六六五号同四〇年四月三〇日第二小法廷判決・民集一九巻三号七六八頁参照)、本件においては、提供土地建物の所有権はいまだ上告人に譲渡されていない(その特定すらされていないことがうかがわれる。)のであるから、上告人は斎藤に対して残代金債権を有するものといわなければならない。そして、この残代金債権は本件土地建物の明渡請求権と同一の売買契約によつて生じた債権であるから、民法二九五条の規定により、上告人は斎藤に対し、残代金の弁済を受けるまで、本件土地建物につき留置権を行使してその明渡を拒絶することができたものといわなければならない。ところで、留置権が成立したのち債務者からその目的物を譲り受けた者に対しても、債権者がその留置権を主張しうることは、留置権が物権であることに照らして明らかであるから(最高裁昭和三四年(オ)第一二二七号同三八年二月一九日第三小法判決・裁判集民事六四号四七三頁参照)、本件においても、上告人は、斎藤から本件土地建物を譲り受けた被上告人に対して、右留置権を行使することをうるのである。もつとも、被上告人は、本件土地建物の所有権を取得したにとどまり、前記残代金債務の支払義務を負つたわけではないが、このことは上告人の右留置権行使の障害となるものではない。また、右残代金三四五万円の債権は、本件土地建物全部について生じた債権であるから、同法二九六条の規定により、上告人は右残代金三四五万円の支払を受けるまで本件土地建物全部につき留置権を行使することができ、したがつて、被上告人の本訴請求は本件建物の明渡を請求するにとどまるものではあるが、上告人は被上告人に対し、残代金三四五万円の支払があるまで、本件建物につき留置権を行使することができるのである。

ところで、物の引渡を求める訴訟において、留置権の抗弁が理由のあるときは、引渡請求を棄却することなく、その物に関して生じた債権の弁済と引換えに物の引渡を命ずべきであるが(最高裁昭和三一年(オ)第九六六号同三三年三月一三日第一小法廷判決・民集一二巻三号五二四頁、同昭和三〇(オ)年第九九三号同三三年六月六日第二小法廷判決・民集一二巻九号一三八四頁)、前述のように、被上告人は上告人に対して残代金債務を負つているわけではないから、斎藤から残代金の支払を受けるのと引換えに本件建物の明渡を命ずべきものといわなければならない。叙上の理由によれば、原判決は破棄を免れないが、一審判決も被上告人からの残代金の支払と引換えに明渡を命じているので、右の限度で、これを変更すべきである。(なお、被上告人が斎藤に代位して残代金を弁済した場合においても、本判決に基づく明渡の執行をなしうることはいうまでもない。)

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(大隅健一郎 岩田誠 藤林益三 下田武三 岸盛一)

上告代理人中村潤吉の上告理由

一、原判決の六頁八行目以下によれば物に関して生じた債権とは債権が物自体より発生した場合及び債権が物の返還請求権と同一の法律関係又は同一の生活関係より発生した場合をいうものと解せられると留置権の性質を論じながら上告人の主張をしりぞけ上告人の留置権を認めていないが正当でない。

二、上告人は第一審以来上告人の請求権の発生原因を昭和四三年七月二〇日上告人と斎藤正雄間に結ばれた左の売買契約に基礎をおいていること明確にしている。

左記

一、代金六八〇万円也とする。

一、支払方法

(1) 所有権移転登記と同時に金四〇万円也支払う。

(2) 昭和四三年八月一〇日に金一一〇万円也を支払う。

(3) 上告人の盛岡信用金庫に対する金壱参五万円也秋田相互銀行に対する金五〇万円也を斎藤は免責的に債務引受けする。

(4) 残代金にて斎藤は上告人に家屋及其の敷地を上告人に譲渡する。

右の通り上告人と斎藤間の契約は売買契約債務引受契約代物弁済契約(或は上告人の本件物件と斎藤は一部金銭と家屋宅地の交換契約とも解される)を包含した混合契約であつて右契約は売買契約、債務引受け契約、代物弁済契約と分離して考えるべきものでなく渾然一体をなしているものである。

従つて上告人の土地建物引渡請求権及留置権も被上告人の本件家屋の明渡請求権も上告人と斎藤間に昭和四三年八月一〇日に結ばれた前記混合契約に由来するものであつて上告人の物の引渡請求権と被上告人の請求権とは同一の法律関係より生じるものと言うべきであり上告人に留置権があるように之を認めなかつた原判決は違法である。

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